在宅と病院のリハビリの違い ~ある利用者様を事例として

在宅でのリハビリテーション

後遺症や障害を抱えたまま、家に戻るのはとても不安なことだと思います。その後リハビリをどのように行っていくかも憂慮すると思います。

病院と在宅のリハビリが違うかと聞かれれば、違う部分も同じところもあります。家でも病院でもその人が変わるわけではありませんから、状態に合わせて必要な支援をするという基本は同じです。

ただ、病院では整った空間でその人の機能や能力を回復させることで方向性が統一されています。一方で、在宅では人によって多種多様な生き方や背景 があり、それぞれ目標や良い支援というものが変わってきます。
若年者であれば職場復帰が何より必要になるかもしれません。退職後の高齢者でも、残存する能力や介助者の有無、生活環境、価値観によってリハビリの形が変わってきます。

そのような意味では在宅のリハビリに共通の答えはありません。その人に合ったリハビリがすなわち理想の在宅リハビリと言えます。

家で過ごす方は病期で言えば、回復期を過ぎて慢性期、維持期に当たります。回復期病棟でリハビリを行っている方に比べると、飛躍的な改善は難しい時期です。それではリハビリは必要ないかと言えばそうではありません。

高齢者は年を重ねるごとに能力が落ちていくので、状態を保つだけでも簡単ではありません。それに回復期を過ぎても緩徐ながら回復が続く人もいますし、家という環境に戻って変わってくる人もいます。それまでリハビリを受ける機会がなかったようなケースでは、リハビリを行うことで運動機能の改善が見られることもあります。

実際に私は在宅で多くの方のリハビリを担当しましたが、私の想像以上に改善する人もいて、人間の回復力 というものを思い知らされたことが何度かあります。

回復や改善はその人の持っている治癒力に左右される部分が大きいですが、能力を維持するにせよ改善するにせよ、家に帰ってもリハビリは大切になってきます。

しかし病院でのリハビリに比べると在宅ではその時間は大きく減少します。
では、在宅ではどのようにリハビリを進めるのでしょうか?

その人の回復を引き出す点では変わりませんが、より包括的・総合的にその人に関わります。病院は何より治療が優先される環境ですが、在宅ではまず利用者様の生活があります。

その生活にリハビリを取り入れます ☝

1日の中でサービスが介入する時間よりも、それ以外の時間の方がずっと多いはずです。その時間をなるべく本人の能力を引き出す形にします。

実際の在宅リハビリの事例を紹介します

ここでは、私が実際に訪問していた利用者様の事例を通じて、在宅リハビリのイメージを紹介したいと思います。

事例紹介:Tさん 81歳 男性
Tさんは脳梗塞の入院から自宅に帰った直後でした。3カ月のリハビリを行ったものの改善が十分でなく、施設入所を勧められたものの家族の強い希望で自宅に帰ってきた方でした。

最初に伺った時、本人は寝返り、起き上がりとも自分で行うことができず、座ってもらっても不安定で支えが必要でした。立ち上がりも腰が引けて全く足に力が入らない状態でした。

生活のほとんどが全介助の状態です 。

さらに、家族が服を着替えさせようとした時や、オムツを替えようと身体を動かすと、「痛い痛い!」と強く訴えがあり、それが家族を困らせました。
認知症状や高次脳機能障害も見てとれました。会話しようとしても訳のわからない言葉が返ってくることが多く、家族は途方に暮れてしまいました。

そんな中、看護師と理学療法士が週1回ずつ、他、ヘルパーが週3回入り、在宅の介護サービスが開始されました。

まず、理学療法士としては訪問時にリハビリを行うとともに、それ以外の時間をいかに過ごしてもらうかが大切に思いました。
家族が身体を動かす度に「痛い」と言うのは、様々な原因が考えられましたが、身体を動かす機会が少ないことで関節や筋肉が硬くなっていることも原因のひとつだと考えました。

生活の中ではオムツの交換や着替えの時に、寝返りをしてもらうことが多く、その動作をまず有効に行ってもらう必要がありました。生活の中でできるところから運動してもらおうと考えたのです。

ご家族に寝返りの基本的な介助方法をお伝えするとともに、この人の場合は、前もって声掛けを丁寧にしたり、寝返る方向に手を軽く誘導したりするなど、これから行う動作が何か理解してもらうようにしました。健康な人にとっても訳のわからないまま、急に身体を動かされれば不快なものです。特にこの方の場合、周囲の状況を理解するのが難しそうだったので、自分がどのように動くのか前もって理解しやすいように、介助方法をアドバイスしました。

家族では起き上がりや、車椅子に移すことが難しかったので、そのままでは座る機会がありませんでした。そこで福祉用具の中からリフトをレンタルして、それを使って車椅子に移ってもらうようにしました。車椅子に座るのも不安定だったので、ズレ落ちかけた時に治す介助方法をお伝えしました。これにより、食卓で座りながら家族と食事がとれるようになりました。

さらに看護師は食事内容や、その他の介助方法の指導を行い、理学療法士と両面で家族が上手く支援できるようにフォローしました。ヘルパーも統一した介助方法で介入し、可能な範囲で運動を促しました。家族も自分たちができることをしっかりと行っていきました。

1カ月ほどすると、車椅子で座る姿勢がしっかりして、ズレ落ちることがなくなりました。それだけでなく、座っていても時々お尻を持ち上げて、姿勢を治すことを行い始めました。家族が介助しても「痛い」ということが少なくなっていきました。

2カ月ほどすると、介助時の「痛い」という言葉はなくなり、寝返りについては軽く促すだけで可能になりました。車椅子だけでなく、背もたれがなくても安定して座れるようになり、立ち上がりについても両手で手すりにつかまれば、だいぶ立てるようになってきました。

家族の方も良くなっていることを実感してたいへん喜んでいました。

なぜ、Tさんが改善したか考えると、少なくても理学療法士のリハビリだけの効果ではないでしょう。訓練は1週間に1時間に過ぎません。もちろん、改善したのは本人の身体に治癒力があったことが前提です。それに加えて大切なのはその人のできる運動を適切に行ったという点です。

この人の場合、できるのは寝返りと車椅子で座ることだけでしたが、この動作は毎日多くの時間に行われます。それを家族がきちんと行っていたことはとても重要です。もし、家族がたかが寝返りと考えて介護をぞんざいにしていたら、本人に回復力があったとしても引き出せなかったかもしれません。その他にも看護師の生活指導やヘルパーの援助も運動機会でしたし、リフトがなければ家族による車椅子移乗はできませんでした。

✍このように振り返ってみると、在宅では生活自体が大切なリハビリになります。そして多くの職種がチームワークを発揮してそれが成立するのだとわかります。本人や家族もいわばそのチームの一員です。

Tさんの場合は特にリハビリが上手く進んだ例であり、全てでこのような改善が見られるわけではありません。しかしチームが協調して取り組むという点はあらゆる利用者様で共通します。

はじめての生活リハビリの考え方

病院では専門職に任せていたリハビリですが、家に帰ると本人だけでなく家族もそれを行う担い手になります。在宅では生活=リハビリであり、それは生活リハビリとも呼ばれます。しかし実際にどのように進めていけば良いのか、はじめての経験ではわかりにくいと思います。

個別の内容については担当のリハビリ専門職や看護師に聞いていただくとして、ここでは私がよくお話しする生活リハビリの考え方について書きたいと思います。

「自分でやらないといけない」は本当か?

よく熱心な家族の方が「自分でやらないとリハビリにならない」と言って、手伝いを極力せずに本人に動作を促している場面を見ます。生活上のできることを自分で行うのはリハビリにおいて基本です。しかし、やり過ぎはかえって害になります。

特に神経系の病気の方は疲労しやすく、筋肉が固くなりやすい人もいます ⚠

例えば外出する時、靴を履くのを本人にやってもらうとします。たとえ1人でできたとしても、長い時間その動作にかかりっきりであれば疲れてしまいます。それではその後の外出が心配です。また、一度筋肉が固くなると、病気の方は回復するのに時間がかかります。回復する前に新たな動作が重なると、さらに固くなる可能性もあります。

その動作を本人が行う意味を考えると良い と思います。もし、運動量が減ることを防ぎたいのであれば、この場合は後に外出を控えているので、途中まで自分で行ってもらい、難しいところだけ手伝うという方法もあります。外出でいくらか体力を使うはずなので、ここで無理をする必要はないはずです。

依存心を生み出さないことや、成功体験を重ねることを目的にする場合もありますが、それも注意が必要です。本当にその動作をやり抜いた時にその人の心に自立心や成功体験が生み出されているのか、冷静に考えてみる必要があります。リハビリに熱心なご家族ほど 時に思い入れが強すぎて、本人の意向が見えなくなる恐れがあります。

運動の方法にしても、本人が楽にできることを繰り返しやる方法もありますし、難易度が高い内容を短時間やる方法もあります。本人にとってどちらが向いているか が大切です。

リハビリはあくまで手段です。楽しい時間を過ごしたり、健康な状態を維持するために行うものです。手段がいつの間にか目的になっていないか注意する必要があります。少なくてもリハビリは苦しむために行うものではありません。

それでは、いつも楽でやりやすい方法なら良いのかと言えば、そういうわけでもありません。だから人間が考える必要があるのです。リハビリというのはとても人間的な要素が強い医療のように私は感じています。

リハビリは”質と量”を考えてみると良い

リハビリの見方として、質と量の二つの面で考えてみるとわかりやすいと思います。

例えば、リハビリで再び歩けることを目指す時、転倒せずに安全に歩くというのが前提です。歩行訓練でも転倒しないような「質」を向上させる内容が求められます。一方でリハビリには運動を遂行し続けるだけの体力も求められます。体力を維持、向上していこうと思うと質ではなくて、そこには「量」が求められます。病院ではリハビリ専門職の訓練を多くの時間行います。これは質、量ともに高い状態であると言えます。

在宅ではまず、専門職による訓練だけでは十分な活動量ではありません。足りない分は生活の中でご本人や家族、あるいはサービスで補う必要があります。ご本人や家族ではなかなか運動を行えない場合もあります。そのような場合にはデイサービス、デイケアなど通所サービスを使って活動量を増やすこともできます。

可能であれば、活動量は生活や他のサービスで充足できるようにして、少ない専門職の訓練はそこでしかできないこと(質を重視した内容)を行うようにするのが良いでしょう。

実際はなかなか理想通りには進みませんが、質と量の見方は役に立つと思います。私も理学療法士として訓練を行っている時、今は何を目標にしているのか よく考えています。質を重視している時はゆっくりでも内容を確実に行ってもらうように説明し、量が必要と考えている時は、細かいことは注意せずに身体を動かしてもらうようにしています。

これを自宅で本人と家族だけで行う運動にあてはめると、質を重視していると考えれば「ゆっくり数は少なくても、言われたとおりに確実にやろう」ですし、量を重視していると考えれば「難しく考えず、とりあえず身体を動かそう」となります。

目的を考えるとリハビリの意義も明確になり、本人や家族にとって身近で実際に役立つ存在になると思います 😊