ALS(筋萎縮性側索硬化症)のリハビリ

病気ごとのリハビリの実際

ALS(筋萎縮性側索硬化症)とは

身体には触覚、痛覚、身体の位置感覚など情報を脳に伝える感覚神経と、脳からの命令を筋肉に伝えて身体を動かす運動神経があります。そのうちの運動神経が選択的に障害されるのが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気です。

痛い、痒い、温かい、冷たい、寒い、暑いなど感覚が保たれたまま、身体を動かすことができなくなる病気です。

症状は進行し、上肢、下肢、体幹(胴体)の動きだけではなく、頸部や喉の飲み込みに関わる筋肉や、会話する能力、横隔膜や肋間筋など呼吸筋の機能も失われていきます。内臓の働きは保たれますが、排尿や排泄に関わる筋肉は低下していきます。つまり、便や尿は生成されて、出口近くまでは運ばれるのですが、そこから自力で出すことができなくなります。

発症当初は、上肢から動きにくくなる場合、下肢から動きにくくなる場合、呂律や飲み込みから障害される場合など、出現する症状が様々ですが、次第に他の部分も侵されていきます。末期ではいずれも臥床生活となり、眼球運動や口唇など、ごく微細な動きを残すのみとなりますが、最末期ではそれも失われます。痰の喀出が行いにくくなることで気管切開をしたり、嚥下障害が進むことで胃瘻を造設したり、侵襲的な処置も必要になります。

有病率はおよそ10万人に5人ほどで、50~70歳代に好発、男性の方が少し多いとされています。寿命は発病してから2~5年とされていますが、それに限らず様々な経過をたどる方がいます。2018年3月に亡くなられた「車椅子の物理学者」として知られたスティーヴン・ホーキング博士もALSでしたが、学生時代に発病してから76歳まで生きています。反面、もっと急速に進行する方もいて、同じALSでもその経過は個人差があります。

ALSのリハビリ

リハビリでは、病気の進行により起こる機能低下を最小限にして、残った能力を有効に活用することが目標です。

残念ながら病気の進行そのものをリハビリで止めることはできません。しかし、リハビリを行った群とそうでない群を比較して、リハビリを行った群の方が生存年数が長かったという報告はあります。

これについては、何か神経機能に良い影響があるのか、運動自体の効用なのか、その理由については不明です。ただ、少なくても適切なリハビリは行った方が良いと考えられます。

運動機能のリハビリ

ALSは運動神経の障害により筋肉が動かなくなる病気であり、筋肉が動かなくなることで関節拘縮が起こりやすくなります。関節が硬くなると動きづらいだけでなく、血液の循環が悪くなり、痛みやだるさのもとになります。また、一箇所が固いことで他の部分に余分な負担が加わり、そちらの機能低下を助長することも考えられます。

このような関節拘縮を防ぐには本人に身体を動かしてもらい、筋肉を使いながら関節を動かすことが一番なのですが、症状で難しい場合や疲労が考えられる時は他動的に動かす(本人は力を入れず他人が動かす)ようにします。

筋肉が動かなくなる病気なので、筋肉を鍛えれば良いのではないかと考える人がいるかもしれません。しかし、この病気は筋肉自体に問題があるのではなく、脳から指令を伝える神経に問題が起こるものです。神経に問題があるのに、過度な運動をすることは、筋肉に強い疲労を起こし、結果的に神経にも負担が増して、病気の状態を悪化させると考えられています。

運動はあくまで疲労が強くない範囲で行うことが基本です。筋力訓練も必要に応じて行いますが、同様に疲労を残さない程度にします。

末期で上肢、下肢、体幹が全く動かなくなり、ベッド上で一日を過ごすようになると、血液などの様々な循環が行われにくくなり、だるさや痛みが生じやすくなります。仰向けでずっと動かずに寝ていると私達でも身体が痛くなってきますが、それがALSの方でも起こります。感覚神経は正常なため苦痛は私達同様に感じます。リハビリでは他動的に身体を動かすことで、このような苦痛を緩和する側面もあります。

生活動作のリハビリ

運動機能が低下するに従い、日常生活も支障が出てきます。病気の進行により低下した能力は回復することはありません。残された能力をいかに有効に使うかがポイントになります。

最初のうちは残された運動機能で、負担少なく効率的に行える方法を練習していきます。そのうちにそれだけでは難しくなり、環境を整備したり福祉用具を活用したりしながら生活動作が行えるように練習します。さらに症状が進行するにしたがい、環境や福祉用具に依存していく割合が大きくなっていきます。

例えば移動動作なら、歩行ができなくなるにしたがい、杖、歩行器を導入したり、住宅内に手すりを設置したり、段差を解消したりします。さらに歩行が難しくなれば車椅子を導入します。

PT、OT、STといったリハビリ専門職は、一緒に練習を行うとともに、現状の能力について他のサービス関係者と情報を共有し、状況を考慮しながら環境整備や福祉用具の導入を提案していきます。

呼吸機能のリハビリ

前述のように運動神経の障害は呼吸筋にも及びます。呼吸は肺の下部にある横隔膜が主として働き、補助的に頚部(首)の筋や肋間筋(肋骨と肋骨を結んでいる筋肉)が作用します。

それら筋肉についても徐々に衰えていきます。呼吸筋の機能が低下して自発的な呼吸が難しくなると、人工呼吸器を導入します。これは機械の力で肺に強制的に空気を送り込むものです。空気を自分以外の力で入れられることは違和感がありますし、本人も家族も機械の操作はほとんどがはじめてです。慣れる時間も必要なため、まだ余裕があるうちから看護師などと装着の練習をします。昼間は良くても夜間に呼吸が弱くなることも多く、最初は夜間のみ導入する場合も見られます。

さらに呼吸と嚥下(飲み込み)の機能低下が進むと、痰や唾液を外に出したり、飲み込んだりすることができなくなります。そのため、気管切開(用語集参照)も選択肢として考えます。

上で触れた関節拘縮ですが、上肢下肢に限ったことではなく、体幹(胴体の部分)についても見られます。肋間筋(肋骨と肋骨を結んでいる筋肉。呼吸に関与する)の機能が低下してくると、胸郭(用語集参照)が固くなります。それが続くと横隔膜の動きや人工呼吸器の作用でも胸郭は動かなくなり、肺活量は少なくなってしまいます。そこで肋骨の1つ1つを捻るように動かします。肋間筋をストレッチして柔軟性を保つ効果が期待できます。

摂食機能のリハビリ

食事は人にとって生きる上での必要な作業であり、楽しみでもありますが、ALSではこの能力も障害されていきます。

ALSの摂食機能(食べる能力)の障害は大きく2つに分けられます。運動機能の低下により、食事動作、つまり食器や箸、スプーンなどを用いて口まで食べ物を運ぶことができなくなる問題と、嚥下動作、つまり飲み込む力自体がなくなる問題です。

前者の問題については、最初のうちは持ちやすい自助具や、その人に合わせた使いやすい食器を導入します。それでも食べにくい場合は、介助により食べていただくようにします。

後者の問題は食事形態を変えることで対応していきます。嚙み砕くことが難しければ食事を刻み、飲み込む反応が遅くなれば、ゆっくり喉を流れるペースト食などの検討をします。水分にはトロミをつけるようにします。

それでも飲み込みが難しい場合は、経管栄養という選択肢を考えます。胃ろうや経鼻管と呼ばれるものです。

胃ろうは腹部に穴をあけるということで、心理的な抵抗が強い方も多いです。確かに胃ろうもデメリットがあるのですが、点滴での対応は感染症を起こしやすく、また栄養量も少なくなります。経鼻管も胃ろうに比べると感染症のリスクが高く、また鼻から喉にかけてチューブがあるために、少量なら食べられる状態であっても、そのチューブが嚥下動作を邪魔することになります。

経管栄養を選択するかは、あくまで本人や家族の意向次第です。亡くなるまでそれを選択しない方もいらっしゃいます。リハビリに携わる者たちはその生き方、価値観に寄り添い支援していきます。

コミュニケーション能力のリハビリ

呼吸筋の機能低下によって、発声も徐々に困難になっていきます。発声が可能でも、舌の筋肉の機能低下により呂律が回りにくくなり、聞こえづらくなります。また、前述しましたが、呼吸と嚥下機能の低下により気管切開が行われると会話ができなくなります(絶対に無理なわけではないのですが、病気の性質を考えると実用的な例は少ないと考えられます)。

身体が動かない上に意思伝達ができないことはたいへんに辛いことです。そのような場合はコミュニケーションツールを使って、意思伝達ができるように対応します。

文字盤は介助者がひとつひとつ文字を指さしながら意思を確認していくものだけでなく、透明の板に文字が書かれていて、視線を合わせることで言葉を伝えるもの(「透明文字盤」と呼ばれます)もあります。ALSの場合は目の動きは末期まで残存することが多いので、人によってはコミュニケーションの有効な手段になります。また、眼球運動や唇のわずかな動きにセンサーが反応し本人が文章を作っていくような機器もあります。

コミュニケーションツールは、話すことに比べて手間がかかります。身体をほとんど動かすことができないALSの方にとって、非常に疲れが出る作業で好まない方も多くいます。上手く扱うことには慣れも必要で看護師、作業療法士、言語聴覚士などが手伝いながら習得を目指します。

これについては、まだ機能が残されている早い段階から練習しておくことが望ましいです。早い段階であれば、相手に答えを伝えることができるので練習もスムーズに進みます。自宅にいる方の場合は、介助者においても練習が必要なので、やはり早いうちから練習しておいた方が良いでしょう。

最後に

ALSは知能や感覚神経が保たれながら、身体を動かすことが全くできなくなる病気です。自分で伝えたいことも上手くできず、介助する側にイライラし、怒りをあらわにする場面もよく見られます。たいへんな精神的ストレスがかかるのは想像に難しくありません。当初は穏やかであった性格が、病気が進むにつれて激高しやすくなり、周囲が接するのに困ることも経験として見ています。それらを単純な性格的な変化として見るのでなく、ひとつの病気の症状として見る向きも出ています。

ALSの生活は本人や家族だけで維持できるものでなく、医療や介護サービスも含めて多くの人間が協同して行うべきものです。リハビリもその中のひとつの要素であり、時には気持ちが晴れたり、支えになったりするものです。

病気の進行に対して、残念ながらリハビリは止める力は持っていませんが、近くで寄り添い手助けできる存在ではありたいと思います。