脳血管疾患(脳血管障害)のリハビリ

病気ごとのリハビリの実際

 

脳血管疾患は一般には「脳卒中」という呼び名で馴染みがあるかもしれません。脳の血管に何らかの異常をきたすことで起こる病気の総称です。

血管は血液の通り道です。血液は全身に酸素を運びます。脳の血管に問題が起こり、血流(血の流れ)が遮断されると脳に酸素が届かなくなります。細胞は酸素がないと生きていくことができませんから、血流が途絶えた部分の脳神経細胞は死んでしまいます。それが脳血管疾患のメカニズムです。

脳は心身のあらゆる機能を司る存在ですので、損傷した部位によって、運動麻痺、感覚麻痺、言語障害、高次脳機能障害、摂食・嚥下障害、不随意運動などあらゆる症状が出現します。

一度死んだ神経細胞が蘇ることはありません。時間が経過しても後遺症を残すことが多く、リハビリは長期化する傾向にあります。
血管に障害を及ぼす原因には、血管が詰まるものと血管が破れるものがあります。前者は脳梗塞、脳塞栓、脳血栓症、後者は脳出血やクモ膜下出血などが当たります。
脳腫瘍や髄膜炎は脳血管疾患には含まれないですが、同じような症状や後遺症が出現することがあります。

症状の重さはダメージを受けた脳の広さに影響されます。大きな血管が詰まったり破れたりした場合は、広い範囲が損傷を受けますし、先端のごく細い血管の場合は脳の損傷もごく一部で、症状が出ない時もあります。

脳血管疾患でのリハビリは、まず状態が安定するまでは急性期といい、負担の大きい運動は行わず、居室で訓練を行うことが主になります。安静にしていることで起こる廃用症候群を可能な限り予防するのがこの時期の目標です。

身体の状態が安定したと医師が判断すれば、リハビリ室で積極的な訓練を行います。場合によっては、居室で座位や立位などの訓練をしてからリハビリ室に行くこともあります。
リハビリ室での訓練が可能になれば、多くはリハビリの専門病院へ転院の流れになり、そこで続けてリハビリを行うことになります。

理学療法士は運動麻痺や動作障害、作業療法士は生活動作や巧緻動作(手先の細かい運動を要する動作)の障害、言語聴覚士は言語、摂食・嚥下、高次脳機能の障害など、それぞれの症状に応じた訓練を行います。

脳血管疾患の症状である運動麻痺、感覚麻痺、失語症、高次脳機能障害、摂食・嚥下障害についてはそれぞれ別の記事で詳しく説明しますので、そちらも参考にしてください。

✍ リハビリでどれだけ回復するかは、最初に脳が受けたダメージの大きさに影響されます。

死んでしまった脳神経細胞は蘇らないので、生き残った部分がその分も働くような新しい神経ネットワーク を作ります。しかし、生き残った脳神経にしても、もともと自分の仕事を持っているわけですし、完全に他の脳神経の代わりはできないので、ダメージの大きさによってはカバーできない部分が出てきます。

訓練では、ベッドで本人に手足を動かしてもらうところから始めて、実際に寝返り、起き上がり、立ち上がり、歩行など動作訓練を行いながら、新しい神経ネットワーク作りを促します。さらに回復した機能をもとに作業療法で生活動作など実践的な訓練も行います。言語聴覚士が行う言語訓練、摂食嚥下訓練もまた、脳神経を刺激して回復を促します。

発症から時間が経過するにつれて、回復の度合いは緩徐になっていきます。基本的に元の状態に戻ることを目指して訓練を開始しますが、時間が経過するにつれて、能力獲得を優先にシフトしていく必要があります。

例えば、運動麻痺が残る下肢で歩こうとすると引きずったり、無理やり引き上げたりするような不自然な歩行になります。このような機能的に弱い部分をかばうような動きを「代償動作」と呼びます。訓練開始当初は、麻痺が改善することに期待して、このような代償動作は抑えて正常な歩行に近づけようと考えます。
しかし、理想を追うことでいつまでも動作能力が上がらなければ、退院後の生活に支障が出ます。麻痺の回復が十分でなければ、代償動作も積極的に活用していくように訓練の方針を変えていきます。

また、多くの人が杖や装具はできれば使いたくないとおっしゃられますが、それらの導入も立ち上がりや歩行訓練を始めたころには必要かどうか考慮しはじめます。

あらゆることにメリットとデメリットがあります。代償動作を用いることで、今まで出来なかった動作ができるかもしれませんが、そのような動作は長く行うことで習慣化されます。習慣化されると、その動作パターンから離れにくくなります。つまり、正常とは違う動作で固定されてしまうということです。

装具も装着することで若干のぎこちなさが出ます。代償動作ほどではありませんが、正常の動きから遠ざかります。

代償動作や装具を用いなくても動作ができるように回復するのは、もともと軽症な方です。そのような方は訓練開始初期から運動麻痺がほとんどなく、リハビリ病院へ転院しなくても家に帰れるくらいの人です。実際には脳血管疾患で多くの方が代償動作や杖、装具を使用します。それだけ後遺症を残す可能性が高いのだと言えます。

リハビリではどのような状態の方に対しても、少しでも機能が回復するように努めます。しかし、純粋な身体の回復だけに執着すれば、できるはずのこともできない可能性があります。本人の身体の回復と実際にできる動作の獲得を、同時にバランスを見ながら進めていくのが脳血管疾患のリハビリの進め方と言えます。

あらゆる手段を用いて能力を獲得しようとしても、重症であれば自立生活に程遠いまま回復が止まることもあります。そのような場合は住宅改修など環境の整備や、さらには介護保険のサービス(例えばヘルパーなど)を用いてカバーすることを考えます。

期間が進むにつれて、本人の回復以外の要素(装具、環境整備、サービスなど)を考慮していきます。リハビリの仕事をしている者としては、大まかに流れと今後をイメージできるのですが、一般の方にそれは難しいと思います。リハビリの見学や、早めに医師やスタッフと相談するなどして退院後のイメージ を考えるようにしましょう。

回復期が過ぎて、自宅や施設で過ごすようになってもリハビリは必要です。
身体は使わなければ徐々に衰えていきます。脳血管疾患の場合は高齢者の発症が多いことから加齢による能力の低下も徐々に見られてくるでしょう。

また、緩徐ながら回復期の後も改善が見られる方もいます。
家に戻るのか施設で生活するのか、場所は変わりますが、後遺症がある限りリハビリは続きます。

ここでは脳血管疾患のリハビリについて、大まかな全体像をお話しさせていただきました。続けて、脳血管疾患でよく見られる各症状について、説明に移りたいと思います。

運動麻痺と感覚麻痺については
👉「運動麻痺と感覚麻痺
高次脳機能障害については
👉「高次脳機能障害とリハビリ
失語症については
👉「失語症とリハビリ
摂食・嚥下障害については
👉「摂食・嚥下障害とリハビリ