摂食・嚥下障害とリハビリ

病気ごとのリハビリの実際

食べる、飲むというのは、栄養や水分という身体に必要なものを取り込む大切な能力であると同時に、生きる上での大きな楽しみでもあります。

口の中に入ってから食道まで送り込む動作(飲み込むこと)を「嚥下」と言います。食物や飲み物を取り込むには嚥下だけでは十分でなく、食物を認識すること、箸やスプーンを上手く扱うこと、食べるための姿勢をとることなども必要になります。それら全ての機能を合わせて「摂食・嚥下機能」と呼びます。

摂食・嚥下障害の3つの危険

摂食・嚥下障害での危険には、大きく誤嚥、窒息、逆流 の3つがあります。

人間の喉は、空気の出入りを行い肺へとつながる気管と、食物を取り込み胃へとつながる食道の2つの管が並んでいます。普段は気管への入口が開いて、食道への入口は塞がっているのですが、飲み込む時はこれが切り替わり、気管の入口が閉じて、食道の入口が開きます。

しかし、この機能が上手く働かなかったり、切り替わりが遅れたりすると、飲食物の一部が気管の方向に流入します。これを「誤嚥」と言います。

誤嚥は通常、咳嗽反射(いわゆる「ムセ」)が起こり、気管の外に戻す作用が働きます。しかし、高齢者や病気になるとこの反射も弱くなり、誤嚥に対する防御機能が弱くなります。咳嗽反射が起こらない誤嚥を不顕性誤嚥といい、外で見ている分には誤嚥していることがわからず、非常に難しい症状と言えます。

誤嚥により肺に異物が流入、あるいは蓄積し、炎症を起こすことを誤嚥性肺炎と呼びます。日本呼吸器学会のホームページによれば、高齢者の肺炎の7割が誤嚥に関係しているとあります。それだけ頻度が高く危険が大きい症状と言えます。

「窒息」は食物を噛み砕かないまま喉に送り込むなどして、気管を塞いでしまうことです。空気の出入りができないので、即時に命の危険があります。

「逆流」もたいへん恐ろしい状態です。胃から喉に戻った逆流物が、嚥下機能の低下により誤嚥すると致命傷につながる危険があります。胃酸や消化液が混じっていることにより、通常の異物よりも気管や肺の粘膜の損傷が激しくなり、重篤な肺炎に進む恐れがあります。

これら誤嚥、窒息、逆流の危険をなくし、安全に摂食・嚥下が行われるようにするのがリハビリの目標です。

摂食・嚥下機能の5つの流れ

摂食・嚥下機能には5つの流れがあり、そのどこかが悪ければ、何らかの障害が起こります。

先行期

食物を認識して、口の中に運ぶまでを先行期と言います。

例えば、私たちでも目を閉じたまま、「シチューだよ」と言われてカレーを口の中に入れられたら驚くと思います。それだけ食物を認識することは食事を円滑に行う上で大切なことなのです。

箸やスプーンを使って上手く食物を運べるかも大切です。これが上手く行えないと無理な姿勢で食物を取り込むことになり、誤嚥が起こりやすくなります。また、食事を取り込むまでの労力が高くなると、疲れやすくなり誤嚥の危険性を増やすことになります。

書籍によって先行期を、食物を認識する「認知期」(左図)と口まで運ぶ「行動期」(右図)に分類する場合もあります。

準備期

口の中で食物を咀嚼するなどして、飲み込みやすくまとめる時期です。まとめたものを食塊と呼びます。歯、舌、顎などの協調した動きが必要になります。

飲み込みには適した食塊の量があります。少なくても多くても余計な労力が必要になります。少量で食べ物がまとまらずにバラバラのままであったり、口の中にまとまりきらないほど大量の食物があったりすると、嚥下運動を適切に行えず、誤嚥や窒息の危険が高くなります。健康な人の場合、適した量ごとに区切って飲み込みますが、嚥下障害がある場合は口の中に入れる量も注意する必要があります。

書籍によって、準備期を咀嚼して飲み込みやすい形状にする「加工処理期」(左図)と、舌を使って飲み込むために食塊をまとめる「食塊形成期」(右図)に分類する場合もあります。

口腔期

まとまった食塊を舌、顎の協調した動きにより、喉の方向に送りはじめます。
舌や顎の機能はもちろん大事ですが、歯がしっかり閉じていないと、食塊は喉の方向に進みにくくなります。

咽頭期

食塊が口腔から喉の方向に移動し始めると、軟口蓋が挙上して鼻腔との通路をふさぎます。食塊の通路をひとつにするためです。この際、経鼻管(栄養を鼻から胃に入れるための管)が入れられていると、喉と鼻の通路を完全に閉じることができません。空気の流れが一直線にならないため、送り込みがわずかですが遅くなることがあります。

気管と食道の分岐部では、反射的に気管の蓋が閉じて、食道への道が開きます。この時、気管の蓋(「喉頭蓋」と呼びます)が閉じるのが遅かったり、十分に閉じなかったりすると、食塊の一部が気管に流入し誤嚥となります。
喉頭蓋の動きには多くの因子が関係します。脳幹部の延髄にある嚥下中枢の働き、嚥下に働く筋肉の活動、感覚の問題、姿勢的な要因など、単純に喉だけの問題でない場合も多くあります。

食道期

食道に入った食塊が胃に運ばれる過程を言います。ここの働きが十分でないと逆流を起こしやすくなります。


上記の5期のうち、「摂食」は先行期から食道期の過程全て、「嚥下」は口腔期から食道期を指すことが多いです。

ーーーー

多くの病気で摂食・嚥下障害は出現します。脳血管疾患、神経難病、認知症で多いですが、特に目立った疾患がなくても高齢者では能力が低下していきます。単純に口腔や喉の働きが低下している場合もありますが、認知症状があると食物の認識が低下し、それが原因で全体的な機能を落とす可能性も考えられます。
また、嚥下時には呼吸を調節する必要があるので、呼吸器疾患でも見られることがあります。

摂食・嚥下リハビリに関わる人たち

摂食・嚥下障害のリハビリには多くの職種が関わります。

メインになるのはリハビリ専門職の中では言語聴覚士です。先行期における食物の認識や、準備期、口腔期、咽頭期ともに言語聴覚士の専門分野である口腔、咽頭の機能が大きく関わります。

理学療法士は、嚥下に関わる頚部(首)から肩にかけての筋肉や組織のコンディションを良好にするように努めます。姿勢を保てるように座位能力の向上やその人に適したポジションの検討も行います。また、万が一誤嚥した時には咳嗽反射で食塊を喀出するだけの呼吸機能が必要であり、その訓練も担当します。

作業療法士は、食物や飲み物を取り込むために必要な食事動作を担当します。上肢機能の向上をはかるだけでなく、必要であれば食べやすい補助具や食器類の提案をします。また、言語聴覚士とともに認知機能の治療にも関与します。

リハビリ職以外では看護師と栄養士の役割が大きくなります。

看護師は病棟で食事を管理し、実際に適切にリハビリが進んでいるのか見ながら、多くの職種の調整的な存在になります。日本看護協会には摂食・嚥下分野の認定制度もあり、そのような知識のもと、時には治療者的な役割もこなすなど多くの働きをします。

栄養士はその人の能力に合わせて食事形態を考えます。リハビリを経て能力が変化していくのにしたがい、その都度、食事形態も検討します。食事形態は適切なリハビリのために大きな要素になります。

それら多くの職種の監督を行うのが医師の役割です。VF(嚥下造影検査)やVE(嚥下内視鏡検査)などを用いて、現場での情報と合わせて、その都度リハビリの段階を判断、指示します。

※ VFはレントゲン撮影をしながら、バリウムの入った模擬食品を実際に口から食べてもらい、嚥下機能を調べる検査です。咽頭の中で食塊がどのように動いているのか、実際に肉眼で見ることができます。
VEは鼻から小型の内視鏡(カメラ)を挿入し、食事時の咽頭の様子を内部から見る検査です。内視鏡の視界は限られており、VFのように誤嚥の判定はできませんが、実際の食品で嚥下機能を確かめることができるメリットがあります。

嚥下動作は外から実際に見ることができません。咳嗽反射は現場において重要な基準にはなりますが、人によっては反射自体が弱まっている可能性もあり、完全な指標にはなりません。その中でVFやVEは専門職からの情報と合わせて、有効な評価基準となります。

摂食・嚥下リハビリの実際

摂食・嚥下機能のリハビリには基本的な2つの訓練があります。間接訓練と直接訓練です。

間接訓練は食物を使わないもの、直接訓練は食物を実際に使いながら行う訓練です。この2つの訓練を組み合わせながら、リハビリは段階ごとに進んでいきます。

そもそも、摂食・嚥下訓練が行われるということは、食事時にムセを頻回に繰り返したり、検査時に明らかに問題があったり、誤嚥性肺炎を起こしたりしたなど、何らかの問題があった場合だと思います。食べることに大きな危険が伴うと判断された場合は、まず間接訓練のみで経過を見て、安全を確認しながら、プリンやゼリーなど飲み込みやすいもので直接訓練を始めます。

直接訓練で安全が確認できたら、次は実際に食事をしてもらうようにします。その人に合った食べやすい食事形態で、最初は昼食を半分のみなど量を少なく開始します。さらに経過を見ながら量を増やしたり、食事形態を普通食に近づけたりと段階を向上させていきます。

歩行能力を向上させようとした時に、ベッド上で訓練するだけでは不十分で、実際に歩く動作を行う必要があります。それと同様に摂食・嚥下機能においても、実際に食物を食べるというのは何よりの訓練になります。しかし、下肢が全く動かない状態で歩くのが困難なように、摂食・嚥下機能においても基礎的な能力がなければ直接訓練の適応にはなりません。

また、歩行訓練の初期に手すりや歩行器を用いて少しずつ行うように、嚥下訓練においても状態に合わせて難易度を下げて行う必要があります。一般の方にはイメージしにくいかもしれませんが、摂食・嚥下動作も筋肉の運動であることに違いはなく、大きく体力を使います。

適切な食事形態を適切な量、適切な方法のもとに行えば、食事をしているだけでも大きな摂食・嚥下訓練になります。しかし、それらが本人の状態に合っていない場合、それは歩行がおぼつかない状態で走ることを強要しているようなもので、訓練の効果が期待できないだけでなく、身体に害を及ぼす可能性があります。

摂食・嚥下は危険が必ずしもすぐに目に見えるわけではないので、特に注意が必要です。また、誤嚥が起こるのは食事中だけではありません。寝ている時は反射が弱く、少しずつ口から気管を経て肺に異物が侵入することがあります。これも誤嚥で食事中と同様に注意が必要です。口腔ケアといって口の中をきれいにしておくことで危険を減らすことができます。

摂食・嚥下障害のリハビリテーションにおいて、本人やご家族の知識や理解は非常に重要になってきます。特に持病のない高齢者でも誤嚥性肺炎を発症するように、危険を完全になくすことはできません。一方で食事は人生の大きな楽しみであり、できる限り本人が望むものを食べさせたいという気持ちも大切だと思います。

そうなると、最終的にどのように食べて飲むかという問題は、本人や家族がどのくらい危険なのかを理解した上で、結論を出すべきことになります。

しかし、明らかにその人の能力を超えた食事は、かえってその人を苦しめることになります。価値観と安全のバランスをいかにとるかということが、摂食・嚥下障害のリハビリにおいて最も悩ましく大切なことだと私は考えています。