高次脳機能障害とリハビリ

病気ごとのリハビリの実際

人間をはじめ、動物には多くの機能があります。呼吸、心拍、意識、睡眠など、生きていくために土台として必要になる「生命維持の機能」、歩く、立ち上がる、姿勢を維持するなど「運動の機能」、視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚、痛覚、関節の位置覚といった情報を脳に伝える「感覚の機能」などです。これらの能力は人間以外の動物にもありますが、人間において特に発達しているいくつかの能力があります。

記憶力や言語理解などの認知機能、感情や欲のコントロール、いろいろな状況でその場に応じた行動を取れること、与えられた情報や課題をもとに計画を遂行することなど、それらは人間の生活に協調性や社会性を与える上で重要な役割を担っています。生きる上での基本的な能力に対し、これらの能力はより高い次元という意味で「高次脳機能」と呼びます。

高次脳機能障害の主な症状

失語症

🔶記事「失語症とリハビリ」をご覧ください。

失行

ある動作や行為について指示された内容はわかっても、実際に行動しようとするとできない状態です。例えば「ボタンをかけましょう」と言われて、本人はその意味を十分理解して、運動機能的にも十分行える能力があるにも関わらず、上手く行うことができません。

失認

見る、聞く、触るなどそれぞれの感覚機能は正常なのですが、脳に入った段階でそれが何か理解することができない状態です。状態によっては自分の身体の認識が十分にできなくなることもあります。

注意障害

ひとつの物事に集中できなくなったり、持続できなくなったりします。また、注意する対象の選択が上手く行えないこともあります。例えばリハビリ中に何かに取り組んでいても、遠くで話し声が聞こえるとそちらを向いてしまうようなことが見られます。

半側空間無視

片側の刺激に気付かない、または反応しない状態です。顕著な状態だと、見本を見て絵を描いてもらうときれいに半分だけの絵になります。右脳の障害で反対側(左側)の障害を生じることが多いです。このような方の例では、歩行中、左足だけつまずいたり、街で歩いている時、左側の人が避けにくかったりします。片側への失認や注意障害と捉えることもできます。

遂行機能障害

計画が立てられない、課題や仕事を適切な方法でできない、仕事の出来に無頓着であるなど、日常生活に支障が出ます。

感情・行動の障害

感情をコントロールできず、すぐにイライラしたり、突然、笑ったり泣いたりすることもあります。極端な場合では、性格が変わったように見えます。また、意欲や自発性が低下するような場合もあります。

記憶障害

病気後、新しい知識を記憶するのが苦手で、言われたことを忘れてしまいます。以前の記憶は覚えていることが多いですが、重症の場合は過去の記憶にも影響を与えることがあります。

見当識障害

自分の状況を認識する能力が見当識です。見当識に障害が起きると、今日が何月何日か、今が何時か、今自分がいる場所はどこかなどが正確に認識できなくなります。

病識の欠如

自分が病気であること、どのような障害があるかなど正確に認識することができなくなる状態です。例えば、歩行が不安定にも関わらず一人で外出しようとする、注意障害や半側空間無視があるのに車を運転しようとするなどの状態です。

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脳血管疾患による高次脳機能障害では、損傷した部位や程度によって様々な病状が起こります。脳全体が損傷し高次脳機能とともに運動機能も大きく低下すると、寝たきりで認知症が進んだ状態と外観上近くなることもあります(認知症も進行すると運動障害が出現します)。

脳の損傷自体が狭い範囲で運動障害がなく、高次脳機能障害だけがあるような場合だと、一見どこも悪くないように見えます。しかし、普通に歩いているようでも左側がつまずきやすかったり、左の人とぶつかったり、あるいは頼み事をしても上手くできなかったりします。職場復帰しても今ひとつミスが多かったり、やたら怒りやすかったり、意欲がなかったり、話していても時々変なところがあったりと、「何かおかしいな」と本人や周囲が不自然に感じます。

このような状態は一見してわかりにくいため、周囲の理解が得られず、本人のやる気や性格の問題と捉えられることも珍しくありません。本人も病気の症状と考えないことがあります。目に見えないだけに軽症と考えて、努力さえすれば治ると認識を持つ人もいますが、他の症状と同じく脳の障害であり、これは大きな間違いです。

運動麻痺のように目立たないだけで、むしろ表面に見えにくいだけに対応が難しくなります。例えば、運動麻痺だけであれば訓練を重ねるうちに自分のできること、不得意なことがわかり事前に対応が行いやすいのですが、高次脳機能障害の場合は、注意が難しくなり、自分の病気を理解できない場合もあります。そのため、障害の状態にもよりますが、周囲の見守りが離れにくくなります。

高次脳機能とその障害
・高次脳機能は人間で特に発達している能力。
・脳神経疾患では損傷した部位や程度によって様々な病状が起こる。
・高次脳機能障害は努力不足や性格の問題ではなく、病気であるという認識が必要。

高次脳機能障害のリハビリテーション

脳血管疾患での場合、急性期は状態が安定するのが第一なので、高次脳機能障害においても運動麻痺や他の症状と同じく、訓練は身体に負担がかからない程度の内容にとどめます。病気になった直後は精神的に混乱していることも多く、特に疲れやすいため、高次脳機能に対する訓練は行われないこともあります。

急性期が過ぎて積極的なリハビリが可能となった時点で、高次脳機能に対する評価や機能訓練も詳細に進めていきます。リハビリ専門職の中で、高次脳機能に対して訓練を行うのは、主に作業療法士と言語聴覚士です。

作業療法士は実際の生活動作や作業を行いながら、注意が低い側に意識を促すことや、失行がある場合は滞る場面で手伝い、またはヒントを与えながら動作を遂行してもらい、それを繰り返します。運動麻痺などと同様に脳に刺激を与えて、新しい神経ネットワーク作りを促す目的と、障害があるとしてもそれも含めて、それなりに動作ができるよう能力を向上させるという目的があります。

言語聴覚士はコミュニケーションや認知に関する専門職です。高次脳機能障害はいずれにおいても言葉、理解、表出、認知などが障害されます。そのため、言語聴覚士は高次脳機能障害全般において関わります。

高次脳機能障害は、重なってひとつの症状を形成したり、いくつかの症状が関係し合ったりします。左側への関心が低いとしても、半側空間無視、注意障害、失認など、それぞれ考えられますし、それぞれが絡み合っている可能性もあります。例えば、失語、記憶障害、注意障害が改善していくに伴って、遂行機能障害も改善していくことがあります。計画立てて物事を実行するのに、理解能力であったり記憶であったり集中が必要なのはお分かりいただけるでしょう。

言語聴覚士は複雑に絡み合う症状を細かく分析して、問題となっている要素や残存している機能を考えます。それをもとに能力をより引き出すように訓練を行っていきます。

理学療法士はその2つの職種と比べると、直接的に高次脳機能障害の訓練をすることはありません。しかし、基礎的な動作時でも注意は促されますし、運動自体は脳の全体的な活性につながるので、間接的に高次脳機能障害にも良い影響を与えると考えられます。

ごく軽症であれば、入院期間中に高次脳機能障害は完治するか目立たなくなりますが、多くの場合は退院後も何らかの障害を残します。ここで言う軽症とは高次脳機能障害の問題で、運動麻痺や他の障害が軽度でも高次脳機能障害が重症の場合もあります。

高次脳機能障害は回復がゆっくり緩徐に進む例もあり、退院して終わりでなく、その後も非常に大切になってきます。
それは病院と同じことを続けるという意味ではありません。専門職による訓練も続けた方が望ましいですが、同時に日常生活を本人に合わせて工夫していくこともとても大切です。障害を持ったままだとしても、できることが増えると自信につながりますし、その行動自体が回復を促します。するとさらに行動の範囲が広くなり回復の機会が増えていきます。

あらゆる機能において言えることですが、普段の生活の方が機能訓練よりもずっと時間が長く、それ自体が大きな訓練になります。特に高次脳機能は言語理解や認知機能などの問題で、それは人と話したり、テレビを見たり、もちろん運動している時もそうですが、就寝時以外の全ての状況が関係します。それだけ環境や周囲の与える刺激の影響が大きく、上手に行動が増えたり広がったりすると、さらにその作用は大きくなります。

逆に言えば、自信をなくしたり気持ちが落ちこんだり、ネガティブな感情を持たせることは、周囲の刺激に対して受け取り方が変わってきますので好影響ではないでしょう。

私の経験でも、自宅退院後にさらに高次脳機能障害の回復が見られた方がいます。住み慣れた自宅や社会での新しい経験が、病院とは違った刺激を与えて脳に回復を促すように思います。

家族や周囲の関わり方として、まず、おかしな言動があったとしても、それは性格や悪意ではなく病気の症状だと理解することが大切です。高次脳機能障害の方は、その得意、苦手にも傾向があり、あらかじめどのように対応するか考えておくだけでも、介護の負担が軽くなると思います。言語聴覚士など専門のスタッフと相談しながら、より良い日常生活の方法について考えていきましょう。

最近は一般の方向けに高次脳機能障害を解説した本も出版されていますので、症状それぞれに対する対処法や注意はそちらを読んでもらうと良いでしょう。

在宅での過ごし方についてはケアマネージャーや訪問看護師も多くの経験を有しており、そちらからもアドバイスをもらえると思います。高次脳機能障害の場合、どうしても見守りを離しづらいので、介護負担も大きくなりがちです。無理をせずに通所サービスなどで家族の休息時間を作ることも大切です。家族だけで抱え込まず、いろいろと相談してみると良いと思います。

高次脳機能障害とリハビリ
・病院で高次脳機能障害のリハビリに直接関わるのは作業療法士と言語聴覚士。理学療法士は運動を行うことで間接的に関わる。
・回復はゆっくりなケースもあり、家に帰ってからの過ごし方も大切。
・高次脳機能障害の方には得意・苦手の傾向があり、専門職と相談しながら対応を考えておく。
・家族だけで抱え込まず、周囲との相談や通所サービスなども活用する。

認知症と高次脳機能障害の違い

高次脳機能障害と認知症は症状において重なる部分も多く、特に重症で障害が固定化すると両者の判別がつきにくくなります。

高次脳機能障害は脳血管疾患や神経難病など病気に付随する症状であり、その病気の性質によって進行したり、改善したり予後が変わってきます。アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症は、それ自体が病名であり、進行性のため、一時的に改善することはあっても基本的に徐々に重症化していきます(加齢による記憶力や判断力等の低下は認知症に含まれません)。

多くの認知症において記憶障害や見当識障害が中心症状として目立ちますが、高次脳機能障害は障害された部位によって出てくる症状はそれぞれです。ただし、認知症でも記憶障害や見当識障害が目立たないタイプもあり、この分け方も必ずしも絶対ではありません。厳密な定義において、症状だけによる区分けは難しいのが現状です。

認知症と高次脳機能障害
・認知症と高次脳機能障害は症状的には重なる部分も多い。
・高次脳機能障害は脳血管疾患や神経難病など病気に不随する症状で、回復や悪化は原因の病気によって変わる。
・認知症は基本的に進行性であり、一時的に良くなることはあるが徐々に重症化していく。